佐久間 一郎(東京大学 大学院工学系研究科 医療福祉工学開発評価研究センター 教授)
医療機器開発は,通常の民生用工業品開発とは異なり,主な研究開発担当者である工学研究開発担当者が,ユーザとなり開発中の機器の評価をできない。また医療機器の機能は機器の機能と,医師/医療従事者の手技(使用法)の両社がそろって初めて実現されるものである。このため基礎的な研究開発段階からの医工連携が不可欠である。工学者は医学的要求を,医学者は機器機能を実現する工学的原理という,自らとは異なる分野の情報を理解しなければならない。その基礎は基本的な数学,物理学,化学,生命科学であり,科学的知識に基づく論理的な思考をすることが求められる。これはリスクマネジメントに基づく規制対応にも当てはまる。
講義では以上の観点に基づき,医工連携を進めるうえで留意すべき点を議論する。
植野 彰規 (東京電機大学 工学部電気電子工学科 教授)
1970年代に提案された絶縁物電極をヒントに、2003年頃から演者が取り組み発展させてきた、敷布電極センサに基づく心電図・呼吸・離着床行動・脈動の非接触・無拘束モニタリング技術について概説する。また、類似の要素技術を応用した事例として、非接触式のウェアラブル心電計や運転シート組み込み心電計、ウェアラブル筋電計や水中筋電計、枕型眼電計、非接触脈動伝播時間計、非侵襲式神経電図計などについても紹介する。時間的な余裕があれば、他の研究グループの研究動向について説明する。
鎮西 清行(国立研究開発法人 産業技術総合研究所健康工学研究部門 副研究部門長)
医療機器のレギュラトリーサイエンス(RS)は,医工学の研究成果を普及させる上で欠かせない薬事法はじめ関連規制に関する知識と,それのベースとなる科学的な考え方に関する新しいサイエンスである.
レギュラトリーサイエンスの知識は,製品の製造販売承認を取るための手練手管ではない.むしろ,開発企画,その手前の基礎研究にたずさわる皆さんにこそ,必要な「ものの考え方」である.
この講義では,医療機器などの開発から上市までの流れに沿って,法規制の概要(法規制で求められていること,医療機器の範囲,クラス分類,臨床研究と治験,治験のデザイン,代表的な安全性要求項目など)を俯瞰して基礎知識を得ると共に,最近のトピックであるApple Watch等のウェアラブル機器とプログラムの組み合わせについて解説する。
荒船 龍彦(東京電機大学 理工学部 理工学科 電子工学系 准教授)
生体を数値モデルで再現するin silico研究(生体シミュレーション研究)は、生体機能の解明にフォーカスを当てた従来の研究に留まらず、現在飛躍的に発展しその活躍の場を広げています。2013年のFDA、NIH主催のin silicoワークショップを皮切りに、米国や欧州学会が医療機器開発にin silicoを活用するガイドラインを策定し、わが国でも次世代医療機器ガイドラインに記載が盛り込まれるなど、その重要度は増しています。海外で先行するin silicoと医療機器開発・評価の最新動向を,in silicoを実際に活用した機器の具体例を交えながら解説します.
中島 孝(独立行政法人 国立病院機構新潟病院 脳神経内科 院長)
傷害された神経系は治せない(Ramon y Cajal 1913)と考えられてきた。山海嘉之はデバイスと人の運動器が力学的および電気的に融合するサイバニクス概念を作りだしHybrid Assistive Limb(HAL)を発明した。サイバニクスにより身体と HAL との間でinteractive biofeedback(iBF)が起き,神経可塑性を導く運動学習ができると考えた。iBFの検証のために,HAL医療用下肢タイプの世界初の治験を行う必要があった。対象群,従来治療と本治療法,エンドポイントを確定し,疾患における真のニーズを反映した治験実施計画書を作成した。この治験結果に基づき,HAL医療用下肢タイプ(サイバーダイン社製)は医療機器承認され,保険収載された(2016年4月)。HALは最新のアンチセンス核酸医療や再生医療と複合することで,難病医療や運動障害治療を革命的に変えるポテンシャルがある。以上に関して概説する。
大西 謙吾(東京電機大学 理工学部 理工学科 電子工学系 教授)
本講義では,義肢と支援機器の研究開発について紹介する.定義上,義肢は先天性形成不全や事故や疾病にともなう切断により欠損した四肢の機能を補完するものであるが,現実には人間の手足の機能の一部しか補えない.では,義肢の使用は,医療行為なのか,生活を支援する一般の機器の扱いなのか?義肢・支援機器・医療機器とではどのような開発上の違いがあるのか?また,現在,義肢使用者はどのような義肢を使っているのか?高機能な義肢があれば機能回復だけでなく健常者を超える能力を得られるのか?これらのことを考えながら,四肢を欠損する人に必要な義肢の開発,研究について研究事例を紹介しながら考えたい.
桑名 健太(東京電機大学 工学部 先端機械工学科 准教授)
内視鏡下手術は,体にあけた数個の小さな穴を介して,細長い棒形状の内視鏡や手術器具を使って体内を治療する手術である.患者に対する負担が少なく,入院期間が短くなるという利点がある一方で,使用する内視鏡や手術器具の特徴から,手術中の視野が狭い,奥行き感が得られない,触った感覚が得られない,等の課題があり,医師にとっては負担の大きな手術となっている.そのため,外科医をサポートするデバイスが求められる.本講義では,演者が研究で活用している技術の1つであるMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術の概要を説明し,MEMS力センサを活用した臓器の硬さ計測が可能なセンサ付鉗子システムをはじめとした手術支援デバイスの研究を紹介する.
村垣 善浩(東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野 教授)
情報誘導手術は、外科医の経験による判断ではなく客観的な可視情報による意思決定を行う手術である。摘出率と予後との関連が示唆された悪性脳腫瘍(神経膠腫)を主対象に3種情報を基に判断する。
残存腫瘍を同定する術中MRIやナビゲーションから解剖学的情報を取得し、覚醒下手術や運動誘発電位等による機能的情報、術中迅速診断や蛍光診断から組織学的情報を取得する。20年で2000例以上の悪性脳腫瘍摘出術を施行し平均摘出率90%を達成した。
物理力やロボットで治療を行う精密誘導治療に発展させるために、現在、すべての機器をネットワークで接続したスマート治療室SCOTを臨床研究中(100例以上施行)であり、近未来型のシステムを紹介する。
森 武俊(東京大学 次世代知能科学研究センター 教授)
日本は2025年には団塊の世代が75歳を迎え、超高齢化率が世界一となることが予期されている。高齢者が幸せ (Well-Being) に暮らすためには、「治す」医療から「支える」医療へのパラダイムシフトが必要となり、地域における新しい医療体制の確立が課題となっている。看護は、患者の生活を全人的に支援する実践科学であり、まさにこの「支える」医療の中核をなす領域といえる。工学研究者が看護師・医療系研究者ならびに企業と協働することにより推進している技術開発について、療養者支援のための看護理工学研究例の位置づけで、その成果と課題について概説する。
中島 勧(埼玉医科大学病院 医療安全管理学 教授)
医療の最重要な役割は病気の治療であるが、他にも重要なことがある。今は健康な人でも、家族や友人が病気になった時に、信頼できる医療機関にかかれることが保障されていなければ、安心して生活できない。医療は地域社会に住む人たちに安心感を与える役割も担っており、安心感を損ねる出来事をなくすのが、医療における安全管理の最大の役割である。
今では当たり前のように重視されている医療安全管理も、注目され始めて20年も経っていない。いつ何をきっかけに医療安全管理が注目され、その後どのような経緯で医療事故調査制度が作られたのか。近年必要性が増している医療機器安全管理の現状も併せて解説する。
石原 美弥(防衛医科大学校 医学教育部医学科 医用工学講座 教授)
医療機器を目指した研究開発には、「こういった技術があるといい」に応えるニーズ指向型の研究と、先端技術を医療に導入するシーズ指向型の研究に大別される。医療における様々な場面で光技術が使われているのは、ニーズ指向か、シーズ指向か。光と超音波を利用する光音響イメージング技術は、どのような切り口で、どのような場面で、医療に役立つ可能性があるのか。講座では、医大に籍を置く工学者が実践する、医工連携研究について紹介する。
矢口 俊之(東京電機大学 理工学部 理工学科 電子工学系 准教授)
再生医療は日進月歩で発展している分野である.これまでにもiPS細胞をはじめとしていくつものブレークスルーはあり,臨床での応用も徐々に開始されているが,臓器のような機能を備えた再生組織の構築等については未だ課題が山積している.その中でも組織培養の新しい技術の開発に関しては工学的知見が介在する比重も高く,さらなる進展が期待されている.本講義では工学分野から再生医療分野に対しての基礎的ではあるがいくつかの具体的な取り組みを紹介し,組織培養に関して概説する.
森 健策(名古屋大学 大学院情報学研究科 知能システム学専攻 教授 名古屋大学 情報基盤センターセンター長)
本講演では、人工知能 (Artificial Intelligence)、とりわけ、機械学習と呼ばれる技術を用いた医療支援について述べる。ここでは、機械学習の概念とその仕組みの基礎を解説し、それらが医療支援にどのように利用されるのかを示す。畳み込みニューラルネットワークなどDeep Learningの基礎的な手法を説明したのち、それらを用いた内視鏡自動診断、CT画像自動診断、解剖構造理解による手術支援などの応用を例示する。データベースが、AIの性能にどのような影響を与えるかも示す。基礎と実際の応用とを同時に学修することで、AI時代における医療の今後のありかたを読み解く力をつけることを目指す。
鈴木 真(東京電機大学 システムデザイン工学部 デザイン工学科 教授)
3Dプリンタの登場を契機にラピッドプロトタイピングという考え方が設計開発の現場で広まり、いまや外部形状にとどまらず回路やプログラムなど内部機能までもその場で試作するようになっている。ここではラピッドプロトタイピングの様々な手法や医療福祉分野での利用について概説する。また音楽療法のためのデバイス開発事例を紹介し、見て触って動かせるものを作る広義のラピッドプロトタイピングが、異なる分野の間でコミュニケーションする際に有効であったことをお話ししたい。
許 俊鋭(東京都健康長寿センター 心臓血管外科 センター長)
重症心不全に対する究極的治療は心臓移植および人工心臓治療である。年間2500例以上の心臓移植が実施される米国でもドナー心不足は深刻で、植込型LVADによるDestination Therapy (DT)が長足の普及を見ている。2018年の米国INTERMACS統計では植込型LVAD登録数(2014~2017)の50%がDTである。日本の2019年の心臓移植数は84例と増加している一方、2020年2月末の心臓移植待機は799症例で、移植待機期間は1500日に及ぶ。本邦でDTが間もなく承認される予定であり、DTが臨床導入された暁には植込型LVAD治療は飛躍的に増加するであろう。一方、カテーテル型VAD (Impella) は経皮的に植え込みが可能であり、症例数が飛躍的に伸びている。心原性ショックを治療対象とした国内レジストリーでは生存Impella離脱率は87%と好成績であり、内科医にも実施可能なVAD治療として普及しつつある。また、米国では安価な植込型左心補助人工心臓として植込型IABP (NupulseCV iVAS) の臨床治験が進行しており期待以上の成績を上げている。
片桐 伸将(国立循環器病研究センター研究所 人工臓器部 特任研究員)
調整中
成瀬 恵治(岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科(医)システム生理学 教授)
我々の体は外界からだけではなく体内においても様々な力学的・機械的刺激(メカニカルストレス)を受容し、応答することで正常な生理機能を維持している.メカニカルストレスの受容応答機構は細胞分裂、発生過程、臓器機能発現など広範な時空間スケールにわたる生理機能の調節に寄与しており、メカニカルストレス受容応答機構の破綻が様々な病態に関与していることを示唆するエビデンスが集積されてきた.メカノセンサー分子→細胞→組織→臓器→個体レベルでの縦糸的研究に各種臓器の疾患という横糸的研究を加えた布陣をとり、メカノバイオロジーを切口とした病態解明を基に、新規治療法を開発するメカノ医療(メカノメディスン)の確立を目指し、これまでに数々の新規研究方法や研究システムを開発し問題を解決してきた.
本講義ではメカノバイオロジーに関する基礎医学的研究、特にメカニカルストレス受容機構を概説し、その研究過程で派生した再生医療(自己集合化ペプチドを用いた3次元培養+メカニカルストレス負荷システム)・生殖補助医療(マイクロ流路良好運動精子分離システム・ストレッチ刺激負荷受精卵培養システム)への展開を紹介する。
大越 康晴(東京電機大学 理工学部 理工学科 電子工学系 准教授)
我が国をはじめとする超高齢化社会では,高度な医療技術を用いた先進医療が普及し,整形外科,歯科,循環器科や再生医療といった領域において,医療材料の高機能化が強く求められている.プラズマプロセスによって成膜されるダイヤモンド状炭素膜(DLC: Diamond-like Carbon)膜は,抗血栓性や細胞親和性といった表面機能や,耐摩耗性や生体内不活性といった物理的・化学的安定性に優れ,人工関節,人工歯根,冠動脈ステントなどへの応用が進められている.近年ではプラズマプロセスの発展に伴いDLCの多様化が急速に進み,医療材料への応用がこれまで以上に注目されている.本講義では,多様化したDLCの分類と高機能DLCの医療応用について紹介する.
田中 慶太(東京電機大学 理工学部 理工学科 電子工学系 教授)
近年,種々の特徴を持った脳機能計測法が,医学・神経科学・心理学・社会科学などのさまざまな分野で応用されている.ここでは磁気を用いたイメージング法である機能的MRI(fMRI)と脳磁図(MEG)を取り上げる.fMRIは神経細胞の興奮に伴う脳血流量の変化を画像化する手法である.一方脳磁図は,興奮に伴う神経の細胞内電流を頭部を覆う数百点の超伝導磁束量子干渉計(SQUID)により計測する.本講義では両者の長所や欠点,fMRIやMEGを用いた高次脳機能評価の基礎的研究内容と今後の展開を説明し,オンラインにより,実際のMEG装置を紹介する予定である.
※都合により変更になる場合があります