令和3年1月19日、学術顧問 吉川弘之先生にご参加いただき、「コロナ禍の経験を理系の教育に生かす」をテーマに、学長 射場本忠彦ほか役職者との対談をオンラインで開催しました。対談の内容の一部をご紹介いたします。
出席者
吉川弘之学術顧問、射場本忠彦学長、石塚昌昭理事長、平栗健二統括副学長、吉田俊哉工学部長
長原礼宗学長室長(司会進行)
※記事の最後に出席者をご紹介しております。
司会進行:長原学長室長
顧問・学長の特別対談の進行を務めます長原です。よろしくお願いいたします。
テーマを「コロナ禍の経験を理系の教育に生かす」としております。
はじめに、コロナ禍における本学の教育について学長からお話ください。
射場本学長
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、本学でも遠隔授業を導入しました。長所、短所両面ありますが、一番良いと感じているのは、カリキュラムにメスを入れるようなことが起こっているということ、今後教え方そのものが変わってくるのではないかということです。
また、授業の形態を採らない卒業論文や研究指導の面で、今後のウィズコロナの方策が課題です。教育の最終過程にこそ物の見方、考え方、批判力など人間力が訓練・醸成されていくと考えます。指導教員と研究室の学生・院生とのコミュニケーションは、遠隔でもできますが、学生は指導教員の背中を見て学びますから、対面でのコミュニケーションがとり難くなった今、伝える方法を考えていきたいと思っています。
司会
遠隔授業の経験は今後の教育方法にどのような影響があるでしょうか。
吉川学術顧問
遠隔授業と比べ、対面授業の方が学生と教師の間に行き来する情報量が圧倒的に多いです。従前、対面授業だけのときは、教師は教室へ行って学生に聞いてもらうことを考えていたと思います。しかし実際は、対面授業には非常にデリケートな対話があり、例えばよく理解しているか、誤って理解しているか考えられるというように、一つの授業を終えたときに教師として学ぶものが多く、教室での講義の中の対話の意味がわかります。
教育方法の進歩につながるかどうかわかりませんが、対面授業と遠隔授業、両方を経験すると面白さを実感することができます。今後それを体系的にできるかが課題になると思います。
司会
対面授業ではすぐに分かりあえたところが、画面越しの遠隔授業ではなかなか伝わらないことがあると思います。今後も遠隔授業を続けていくとき、どのようにしていけばよいでしょうか。
吉川学術顧問
1時間、又は2時間の授業で、どちらもひとつの知識のユニットが私から飛んで行って学生に届きます。それがどういう構造を持っているか考える必要があります。15週の講義を通してひとつの論理的構造を持つことが重要だと思います。
例えば、機械の振動の「ここが悪い」と問題提起し、一緒に話をする、共有できる空間を作る。歴史を例に「作った結果まずいもの」、失敗を起こした状況を話すと、学生は理屈ではなく作る人間の立場になります。そのような共有できる空間を作り、その空間の中で話をする。これは対面授業でも遠隔授業でも似たような感覚が保てます。
平栗統括副学長
遠隔授業を経験し、100分の授業中どの時間帯に何を説明し、学生に何をやってもらうか、対面授業と比べかなり事前設計が必要だと感じています。対面授業では自分の経験談や技術者のキャリアに関する話、将来エンジニアとして何が必要か、人間的な部分の話も取り入れて授業を作ってきました。吉川先生のお話を伺い、遠隔授業では、知識としての情報は学生に提供できますが、考える力、人間性を育むような教育のためにはどのようなことが必要か考えさせられました。
平栗統括副学長
共同研究の企業と一緒に大学院生がミーティングや作業をすると格段に成長します。外から見られる、また違った組織の人と一緒に協同で何かをすることは学生にとって非常に強い刺激になります。学生にとっては、責任感、結果を出さなければいけないというプレッシャーを感じながら、自分の能力を自発的に高めていくことができると思います。協同作業の中で、自分に任されたことが解決したときの学生の達成感と成長は非常に大きいと思います。
吉川学術顧問
協同作業をすることによって、自分の専門領域を越えて協力できる具体的な経験ですね。やはり実習というものを大事にしていくのが良いと思います。
司会
共有できる空間を作り、その空間の中で話すことが大事であるというお話がありました。卒業生の技術士会の方が行われているディスカッションを通した授業についてお話ください。
石塚理事長
工学部電気電子工学科の3年後期に「エンジニアリング・デザイン概論」という科目があり、80人位の学生が受講しています。私もメンバーになっている卒業生の技術士の集まりがあり、担当の先生とともに、技術士8名が講師として参加しています。現場の技術者の事例講話を通じてエンジニアリング・デザインの手法を学ぶというものです。エンジニアリング・デザインという科目名を初めて聞いたとき、どういうものなのか技術士会のメンバーで話し合いました。担当の先生からは、ディスカッションすることで学生自ら問題解決することを大事にしたいというお話がありました。我々卒業生の技術士は、ほとんどが現場たたき上げの、苦労話をしたら100も200もあるようなエンジニアですが、実務経験のない学生と、実務の中で日々四苦八苦している現場のエンジニアがディスカッションを通して、何か得られればということで話を進めました。昨年度は対面授業でしたが、今年度は遠隔授業で実施し、オンラインでコミュニケーションをとる難しさや工夫が必要だということを実感しました。
吉川学術顧問
卒業生の技術士ご自身が実務で経験したことを実際の空間に持ち込める講義、論理だけ学ぶのでなく、論理の上の意味を伝える、大学教育として1つの重要な考え方に基づき授業を作っていると思います。
専門の人が集まって議論することによって、エンジニアリング・デザイン学を作る、一つの科目ではなく、多くの科目を分担している方々がそういう方向性を持つことはとても大事だと思います。
司会
実務経験を教育の中で伝える手法についてお話がありました。工学の社会での役割を教育を通して理解してもらうために、大学にはどのようなことが必要でしょうか。
吉川学術顧問
工学は、現在危機とは言わなくても、変わらなくてはいけない状況にあります。皆さんの意識にもあるように既に変わりつつあるとも言えます。工学には、何百という領域があります。領域ごとに専門家がいて、工学部はそういう専門家でつくられている。社会はと言うと領域化していない。自動車を例に挙げると、風圧を無くすために非常に難しい曲面のボディを作るのには曲面の数学、制御のための何百個もの半導体のチップには半導体技術、他にも情報工学、機械工学、電気工学、運転した時の乗り心地には人間工学を知る必要がある。一台の器具、機械というのはあらゆる工学技術のインテグレーションです。つまり社会は、技術者、専門家たちが協力しているということがわかります。すると学問のサイドも協力してやらざるを得ません。大学でも社会の人に語れるような一つの学問を持つことが必要になります。
司会
様々な専門家が協力して社会を作るという吉川先生のお話を受け、本学がどのように工学教育をしていくか、社会に開かれた教育について、射場本学長と吉田工学部長にお聞きします。
射場本学長
私は、工学は「人のため」「世のため」を旨とすべきと認識しています。けれども実際には工学のほとんどがBtoB(企業向け)に留まり、BtoC(消費者向け)になっていません。BtoBの狭い世界の話をC(消費者)に届けるためにはどうすれば良いか極めて難しい。
大学には幅広い分野の教員がいますので、異なる分野の教員が協同作業で研究や指導を行い、その結果として社会から求められる幅広い知見を備えた多くの卒業生を社会に送り出すことが、重要な役割だと考えています。
吉田工学部長
工学のモチベーションは「実現したい」と考えること、そしてそれが「自分事」になったときに、工学が機能するものと考えています。
コロナ禍では、「実現したい」を通り越して「実現しなければ存続できない」という強烈な動機を与えられました。本学においてもコロナ対応では、吉川先生が仰る他分野の人々、多くの教職員の協力を強く実感しました。
かつては「実現したい」を持っている状態が、工学を学ぶスタートラインでしたが、コロナ禍は、我々を強制的にそのスタートラインに立たせました。そこに立たせるための教育が必要なことを改めて教えられたように思います。
吉川学術顧問
自分の経験でも、ある時「自分事」になって、これをやらないと世の中を渡れないということがありました。結果的に見るとそこには沢山の人が集まって共同で乗り越えました。わざわざ集めたのではなく、誰かが「やりたい」と夢を持って言うと、「それなら自分も一緒にできるよ」と自然に集まってくる。工学者はそういう能力を持っていると思います。吉田学部長の言う自分事、そして射場本学長のお話の異なる分野の先生が集まってやるということ、どちらも現実として自分事になる、そうならざるを得ない、一人では出来ないというようなこと、これは非常に効果的で、教育の場でも学生にも響くのではないかという気がします。
司会
吉川学術顧問から本学に対する期待について、一言お願いいたします。
吉川学術顧問
どういう学生を育てるか、東京電機大学の建学の精神「実学尊重」の「実学」という言葉。現代社会における実学というのは、社会に入って協力できる人になるということ、つまり社会に入って協力できる専門性を持つ学生を育てるということです。一つの専門を極めることは非常に大事ですが、極めれば極めるほど、隣の専門のことが気になる。そこに異なる分野とのつながりができ、専門の人たちが集まり、一人ではできない大きな、社会にインパクトを与えられるようなことを実感する、卒業する時に実感できる教育をすることが大事だと思います。
そして、東京電機大学の教育・研究理念「技術は人なり」の「人」。人の集団として技術ができていくということです。
「実学尊重」、「技術は人なり」には大学の伝統が見えてきます。学問そのものがすっかり変わりましたから、現代的な形で実践しながら、しかもその心を忘れない、そのような教育をしていただきたいと思っています。
司会
吉川学術顧問のお話を受けて、最後に、本学はどうあるべきか射場本学長からお話ください。
射場本学長
教育・研究理念「技術は人なり」。私は「人」が極めて重要だと考えています。響きは良くありませんが立派な「ガキ大将」を育てたい。ガキ大将というのは、目配り気配りができる、周りの人たちの思いも含めて、自分がどうあるべきか、自分で判断して行動できるということです。言われるままではなく、「私は間違っていると思う」と意見を言える人で構わない。会社に入って「覚えめでたく」なってもらいたいです。その他大勢ではなく、上司に反発はする、でも彼、彼女に頼むと頼んだ以上のことがかえってくる、と言われるような人を育てたい。コロナ禍で無いものねだりのように聞こえるかもしれませんが、研究室に入って、先輩に教えられ、また後輩にそれを伝えるというようなところから、そういう人が育つのではないかと思います。
出席者紹介
吉川弘之学術顧問:日本学術振興会学術最高顧問、産業技術総合研究所最高顧問、2009年4月から本学学術顧問。
射場本忠彦学長:北海道大学工学部卒業、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。東京電力株式会社を経て東京電機大学工学部に着任。2019年10月から現職。
石塚昌昭理事長:東京電機大学工学部第一部卒業。株式会社関電工に入社、常務取締役、取締役副社長を歴任。2019年11月から現職。
平栗健二統括副学長:東京電機大学工学部卒業。同大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。2018年4月から現職。理事・工学部教授。
吉田俊哉工学部長・工学部第二部長:東京電機大学理工学部卒業。同大学院理工学研究科修士課程修了、博士(工学)。2020年4月から現職。理事・工学部教授。
長原礼宗学長室長:東京理科大学理工学部卒業。同大学院理工学研究科博士課程修了、博士(理学)。2020年4月から現職。理工学部教授。
本件に関するお問合せ先
事務局:学校法人東京電機大学総務部企画広報担当
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